理事長挨拶

SIMPLE DANS MA VERTU FORTE DANS MON DEVOIR 「徳においては純真に 義務においては堅実に」 神様と人の前に素直で表裏のないさわやかな品性を備え やるべきことを誠実にやりぬく強さを持つように 雙葉学園の校訓に想う 明治維新から間もない1872年(明治5年)、東京の新橋駅から横浜駅間に日本で初めての鉄道が開業したこの年にカトリックの女子修道会 サンモール修道会(後の「幼きイエス会」)の5人のシスターがフランスから横浜港に到着し、宣教と教育慈善活動を横浜で始めました。 3年後の1875年(明治8年)、同会のシスター方により東京に「築地語学校」(雙葉学園の前身)が開校し、教育とともに身寄りのない老人や孤児の世話などのボランティア活動も開始されました。 その後、1909年(明治42年)、フランス人修道女 メール・セン・テレーズが初代校長となり、東京・四谷に、「雙葉高等女学校」が創立され、今日まで続く東京・四谷での雙葉学園の学校教育の歩みが始まりました。 雙葉学園の教育の根底をなしている校訓は、設立母体がフランス発祥の女子修道会であったために、フランス語で表現されています。 SIMPLE DANS MA VERTU FORTE DANS MON DEVOIR 「徳においては純真に 義務においては堅実に」と訳されています。 多くの学校には「校訓」があり、その学校が大切にしていることを示しています。 そのなかで雙葉学園の校訓の特徴は、学園で学び生活する者に「自分はここにおいて何を大切なものとして選び、どのように行動するか」を熟慮し、識別し、選択させるものになっていることだと思います。 雙葉学園同窓会の卒業50周年・入会祝賀会が毎年6月はじめの日曜日に開催されます。ある年のお祝いの会にわたしも出席させていただきました。雙葉高等学校を50年前に卒業した人たちとその年の3月に卒業し同窓会に加わった人たちの年齢差はもちろん50歳です。それぞれの代表者が感謝の言葉を述べたのですが、おふたりとも「徳においては純真に 義務においては堅実に」という雙葉学園の校訓が、自分たちの学園での生活とその後の人生において、どれほど重要なものだったかを話しました。わたしはもちろん雙葉学園の卒業生ではありませんが、雙葉学園の校訓が単なるお題目ではなく、雙葉学園で学び生活した女性の、学園での生活と卒業後の人生に大切な意味を持っていることを知って感動いたしました。 あるとき、雙葉学園を卒業し、のちに母校の教師になった先生のお話を聴く機会がありました。その先生は「シスター方を含め雙葉の先生方は、わたしたち生徒に注意をされるとき、校則やきまりを破ったといって頭ごなしに叱ることはなさいませんでした。『あなた達がしたことがどのようなことだったのかを、まず自分で考えなさい』と導いてくださったのです。」と語りました。 西欧思想の近代において「人間に自由はあるか否か」は巨大な難問でした。たとえ道徳や理念、理想、大切なことのために生きても、その人間は道徳・理念・理想などが求めるものに従っただけであって、結局はその人間は自由ではなかったとさえ言われました。 「神は人間を慈しむがゆえに、自由なものとして創造された」。キリスト教の人間観です。人間はロボットではありません。人間は自由なのです。人間はその自由によって、みずからの行動を、みずからの意志で、道徳・理念・理想・大切なこと・・・に基づいて理性的に判断し選びます。他者をかけがえのない自由な存在として尊重し、自分の行動を熟慮し、識別し、選択することに、人間の自由は発揮されるのです。 雙葉学園の校訓はこのような人間観に立脚しています。 雙葉学園で学び生活する在校生が、そして学び舎を巣立っていった卒業生が、 校訓に示された生き方を選ぶ人生を歩んでいかれますように、 SIMPLE DANS MA VERTU FORTE DANS MON DEVOIR 「徳においては純真に 義務においては堅実に」 神様と人の前に素直で表裏のないさわやかな品性を備え やるべきことを誠実にやりぬく強さを持つように
2025年4月30日
学校法人 雙葉学園 理事長 萱場 基